大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和57年(あ)643号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人らの上告趣意のうち公職選挙法一三八条二項の違憲をいう点について

公職選挙法一三八条一項は、何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて戸別訪問をすることを禁止するとともに、同条二項は、いかなる方法をもつてするを問わず、選挙運動のため、戸別に演説会の開催又は演説を行なうことについて告知をする行為を右一項に規定する戸別訪問に該当するものとみなす旨を規定する。

思うに、選挙に際して行われる演説会ないし演説は、候補者が自己の懐抱する政治的意見、信条、政策、抱負等を広く多数の選挙人に開陳して自己への支持を求め、また、右候補者を応援する政党員その他の者が右候補者の人格、能力、識見及びその主張する政策を推奨する言論を展開して同人への支持を訴える活動であつて、政治的表現活動として重要な意義を有するとともに、選挙運動においても一つの中心的地位を占めるものであるが、右の演説会ないし演説が所期の効果を挙げるためには、できるだけ多くの選挙人が聴衆として参加することが重要であるから、そのためには右の演説会の開催ないし演説の実施の日時及び場所をこれら多数の選挙人に周知させる必要があることは明らかであり、したがつて有効適切な方法によつて右の告知を行うことは、原則として自由であるべきものと考えられる。しかしながら、このような告知行為といえども、これに対する制限が全く許されないとしなければならない理由はなく、選挙運動における公正と公平の確保のため、特定の手段、態様による告知行為の制限禁止を必要とする合理的な理由があり、これを制限禁止しても他の方法による告知が可能であつて、これにより告知自体の目的を達することを妨げられない場合には、右の制限禁止も許されるものと解するのが相当である。

そこで前記公職選挙法一三八条二項所定の演説会の開催等の告知についてみるに、そこで禁止されているのは、選挙運動のためにされる告知で、かつ、戸別にされるそれに限定されていて、これを同条一項所定の戸別訪問と対比すると、両者は、ひとしく選挙運動のため、換言すれば特定の候補者につき投票を得又は得させることを目的としてされる行為である点、及びその態様において戸別に行われるものである点において共通しており、両者が相違するのは、二項所定の前記行為が、一項所定の場合と異なり、専ら、当該戸別に行われる行為が演説会の開催及び演説の実施の告知に限定されている点に存している。そこでこの点を更に検討すると、一項所定の戸別訪問が、多くの場合、訪問先の選挙人に対するさまざまな形による投票の依頼、懇請、勧告、しようよう等の直截的な投票獲得行為と結びつくものであり、このことに照らして、選挙の公正及び公平確保の目的から特に規制が加えられているものと考えられるのに対して、右二項所定の告知行為は、それ自体としては右のような投票獲得との関係における直截性を有するものではないということができ、その点からすれば、一般的に両者を同等視することは許されないといわなければならない。しかしながら、右の演説会の開催等の告知が、単に選挙人に対して右の事実を知らせるというだけの域にとどまらず、これを超えて更に右演説会への参加の呼びかけ又はしようようを伴い、その他なんらかの形で右選挙人に当該特定の候補者を強く印象づけてその候補者の投票獲得に有利な効果を生ぜしめようとするものと認められる方法・態様で行われた場合には、その実質において前記戸別訪問の場合と格別のけいていがあるとは考えられず、むしろ戸別訪問の形をとらずにこれと同じ効果をおさめようとする脱法的性格をもつ行為ともみることができるのである。そして他方、このような方法、態様による戸別の告知行為は、演説会の開催等に関する唯一の可能な告知方法ではなく、なお他に有効、適切な告知の方法が存在しているのである。このようにみてくると、戸別訪問の禁止についてそれが選挙運動の公正及び公平の確保の必要に基づく合理的規制とされる理由は、選挙運動のために、前記のような方法、態様によつて戸別にされる演説会の開催等の告知の禁止についてもひとしく妥当するものというべく、前者に関する公職選挙法一三八条一項の規定が憲法二一条に違反するものでないとする当裁判所の判例の趣旨は、右のような告知行為に適用される限りにおいて、公職選挙法一三八条二項の規定についても妥当するものというべきである(最高裁昭和四三年(あ)第二二六五号同四四年四月二三日大法廷判決・刑集二三巻四号二三五頁、なお同四二年(あ)第一四六四号同四二年一一月二一日第三小法廷判決・刑集二一巻九号一二四五頁、同五五年(あ)第八七四号同五六年六月一五日第二小法廷判決・刑集三五巻四号二〇五頁、同五五年(あ)第一四七二号同五六年七月二一日第三小法廷判決・刑集三五巻五号五六八頁参照)。

これを本件についてみるに、原判決の認定したところによると、被告人は、参議院議員通常選挙に際し、福岡地方区から立候補した高倉金一郎候補と同一政党に所属する者であるが、投票日が一〇日後に迫つた原判示の日時に、選挙運動のため、選挙人宅一五戸を連続して訪ね、戸内に立ち入り、直接選挙人に対し、当日高倉候補の個人演説会が開催されることを報じた赤旗号外を配付し、演説会があることを告げ、参加を呼びかけたというのであり、被告人の右行為は候補者に投票を得させる目的に出たものというべきであるから、被告人の右行為に公職選挙法一三八条二項の規定を適用しても憲法二一条、三一条に違反するものでないことは、上に述べたところから明らかというべきである。それ故、憲法二一条、三一条違反をいう所論は、理由がない。

なお、弁護人らは、公職選挙法一三八条二項は規定の意義が不明確であつて憲法三一条に違反するとも主張しているが、右公職選挙法の規定を前記のように解釈適用しても、これによつてその内容が不明確になるとはいえないから、所論はその前提を欠く。

弁護人諌山博ほか七名のその余の上告趣意について

所論のうち、判例違反をいう点は、原判断はなんら論旨引用の判例と相反するものではないから理由がなく、その余は単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

弁護人鶴見祐策のその余の上告趣意について

所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

被告人の上告趣意について

所論のうち、違憲をいう点は、原判決のどの部分がいかなる理由で憲法のどの条項に違反するかの具体的指摘を欠き、その余は事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例